タカラ物産株式会社のある朝、実家がお酒の蔵元である池田さんが、実家から送られてきた新酒を石橋部長に持ってきた。お酒が大好きな部長は、喜びつつも池田さんの発言「うちの母親が、これを部長さんに飲んでもらいたいということで送ってきました」を聞いて苦笑い。
えーと、まず上司に対して、自分のお母さんのことを「母親」と言ってもいいのかな?
「お母さん」というよりはマシね。友だちや親しい先輩、同僚と話すときには、使ってもいいかもしれないわ。でも、改まった場面や上司や外部の人と話すような時には「母」といった方がいいわよ。
なるほど。部長に対しては、「うちの母が」と言った方がいいんだね。あと「これを部長さんに飲んでもらいたい」だけど、これも何かひっかかるよ。
敬語を使っていないからじゃないかしら。池田さんのお母さんは多分、「これを部長さんに飲んでもらいたいから、あんた、会社に持っていきなさい」なんて言ったんでしょうね。で、池田さんはそれをそのまま部長に伝えてしまったと。
部長と話しているのにそれはおかしいよね。
そうよね。では、まず「これを部長さんに飲んでもらいたい」の部分を正しい言い方に直してみましょう。
まず「部長さん」がおかしいよね。「部長」などの役職名はそれだけで敬称になるから、「さん」や「様」はつけなくてもいいんだ。
そうね。では、他にどこがおかしいかしら?
「飲んでもらいたい」がおかしいよね。敬語を使ってないから。えーと、「飲んでもらいたい」は敬語でどういうんだっけ?「飲んでもらう」のは池田さんのお母さんだよね。上司との関係では、家族は自分と同じように扱うのが敬語のルールだったっけ。
ええ。上の人と話すときは、自分の身内についてのことは謙譲語で言うのよね。
「もらう」の謙譲語は「いただく」だ。だから「飲んでもらいたい」は「飲んでいただきたい」かな?
うーん、そうねえ。間違いではないけれど、もう少し丁寧な言い方の方がいいわね。「飲んで」の部分も敬語に直してみてくれる?
「飲む」のは部長だから尊敬語にしなきゃいけないよね。「飲む」の尊敬語は 「お飲みになる」だ。
そうそう。あと、「召し上がる」も使えるわよ。「召し上がる」は上の人の「食べる」「飲む」を表すことができる敬語なのよ。「部長がお酒を召し上がる」というように使うの。
そうか、召し上がるは「食べる」だけじゃなくて「飲む」の尊敬語としても使えるんだね。
そうなのよ。さて、では「これを部長さんに飲んでもらいたい」を正しい表現にしたものを、通して言ってみてくれる?
「これを部長にお飲みになっていただきたい」「これを部長に召し上がっていただきたい」だね!
正解。さて、池田さんの発言には、他にもおかしなところがあるんだけど、分かる?
「送ってきました」だね。部長に対しては、もっと改まった言い方をしたほうがいいなあ。「お送りいただいた」かな?
いいえ。それでは、部長の前で自分の母親を立てて言うことになっちゃうわよ。
あ、そうか。「お送りいただく」は自分が上の人から物を送ってもらうことを言う謙譲語だっけ。じゃあ、「お送りした」かな?
それも違うわね。「お送りする」は自分が目上の人に送ることを言う謙譲語よ。送り先は池田さんだったんだから、「母は私にお送りした」ということになって、自分を立てることになってしまうわ。
あれ?じゃあどうすればいいの?
そういう場合は「きた」だけを改まった言い方にすればいいのよ。
「きた」の改まった言い方は「参った」だね。「送って参りました」かな。
そう!では、全部通して言ってみてくれる?
「母が、これを部長に召し上がっていただきたいということで送って参りました」これで完璧だね!
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